11年前に「ハイになりながら(stoned)」ウォレットファイルのパスワードを変更し、そのまま完全に忘れてしまった——そんなBitcoin保有者のウォレットが、AnthropicのClaudeの手によって復旧されました。中に眠っていたのは5 BTC、現在の価値で約$400,000(約6,200万円)相当です。Tom's Hardwareが、当該ユーザーcprkrn氏のX投稿を引用するかたちで伝えています。
11年越しのパスワード復旧劇——「ハイになりながら」変えた一文字列
事の発端は、Xユーザーcprkrn氏が学生時代に自身のウォレットファイルのパスワードを「ハイになりながら」変更し、その内容を完全に忘れてしまったことです。Tom's Hardwareの記述によれば、当時のウォレットには、シードフレーズで再生成できないタイプの鍵(非HD鍵やインポート鍵)が含まれており、これらは暗号化されたウォレットファイル内に保存されるため、ファイルを復号できない限り、紐づくBitcoinには一切アクセスできない状態が続いていました。
同氏は11年にわたって復旧を諦めず、オープンソースのウォレット復旧ツール「btcrecover」を使って候補パスワードによる総当たり攻撃を試みていたものの、成功には至っていませんでした。Tom's Hardwareの見出しでは、ボットが試行したパスワードの組み合わせは合計で3.5兆通りに及んだと報じられています(本文中での詳細な試行回数の言及はありません)。
転機となったのは、数週間前に古いノートに記された「ニーモニック」を発見したことです。Tom's Hardwareによれば、これは結果的に当時のパスワード相当の文字列だったとされており、そこから生成されるHDアドレスが、PC内の特定のウォレットファイルと一致したことで、そのファイルこそが5 BTCを保有しているものだと確認できました。ただし暗号化は解けないままでした。
Claudeが見つけた「2つの突破口」
万策尽きたcprkrn氏は、大学時代のPCのファイル群をまるごとClaudeに投入しました。その結果、Claudeは以下の2点を発見したと報じられています。
- 2019年12月時点のバックアップウォレットファイル:パスワード変更以前の古い状態を保持していたファイルが、ユーザーのデータの中に隠れていた
- btcrecoverの設定バグ:共有鍵(shared key)とパスワードの組み合わせ方が正しく行われていなかった
このバグを修正した上で、パスワード変更前のバックアップファイルに対してbtcrecoverを再実行したところ、秘密鍵の復号に成功。cprkrn氏は5 BTCを現在のウォレットへ送金できたとのことです。
cprkrn氏はX上で次のように歓喜を表現しています。
HOLY FUCKING SHIT OMG CLAUDE JUST CRACKED THIS SHIT, THANK YOU @AnthropicAI THANK YOU @DarioAmodei NAMING MY KID AFTER YOU
なお、Claude自体が魔法のように正しい文字列を当てたわけではない、という点は重要です。AIが行ったのは、過去のバックアップの発見と、ユーザーが見落としていたツール設定の不具合の修正でした。LLMの強みが「総当たり計算」ではなく「コンテキスト全体を俯瞰した問題発見」にあることを示す事例といえます。
「半年以上がかり$1.6M」「8,000 BTC喪失」——AIが変える暗号資産復旧の地平
Tom's Hardwareは過去の関連事例として、AI LLM普及以前に20文字のパスワードを忘れたBitcoinウォレットの解読に研究者が半年以上を費やし、2024年時点で約$1.6 million(約2億5千万円)相当のBTCを取り戻したケースを挙げています。また、2025年の裁判で地元のごみ処分場の捜索が認められず、ノートPCごと廃棄された8,000 BTC(約$780 million、約1,200億円相当)を喪失したままのユーザーの例にも触れられています。
今回のClaudeによる復旧成功は、AIが「秘密鍵そのものを推測する魔法の道具」ではなく、膨大なファイル群と既存ツールの間に隠れた整合性の問題を見つけ出すアシスタントとして機能しうることを示しています。一方で、同メディアは別記事で、$30,000クラスのAI向けGPU(H200やMI300X)がパスワードクラッキング用途ではゲーミング向けのRTX 5090にも劣るというテスト結果も伝えており、AI×暗号資産復旧のすべてが万能というわけではありません。
似た境遇で古いウォレットを抱えている読者は、自前で総当たりを延々と試す前に、PC全体のファイル整理とバックアップ探索をAIに任せる、という今回のアプローチは現実的な選択肢になりそうです。ただし、シードフレーズや秘密鍵を含むデータをクラウド型LLMに投入することにはセキュリティリスクが伴うため、自己責任での判断が必要です。
失われたBitcoinの規模——「忘れられた財布」が抱える数百万BTC
今回の復旧劇の背景には、暗号資産業界全体に横たわる「アクセス不能なBitcoin」という巨大な問題があります。アナリストの推計によれば、ユーザーがパスワードやシードフレーズ、記憶媒体を失ったことで、すでに230万〜400万BTCが恒久的にアクセス不能になっている可能性が指摘されています。
著名な「失われたBitcoin」事例
代表的なケースとして、7,002 BTCが保管されたUSBドライブへのアクセスを失ったプログラマーのStefan Thomas氏が知られています。今回のcprkrn氏のケースも、価格上昇によって再挑戦の経済合理性が高まった典型例といえます。同氏はBitcoinが$100,000を超えてから本格的な再挑戦に踏み切り、復旧時点の価格は約$79,600、5 BTCで約$398,000相当に達していました。
元のウォレットはBlockchain.infoで作成され、複数の複雑なパスワード層を備えていたとされ、長年のうちにそのいくつかが失念された結果、資金がロックされていたのです。価格が高騰した局面でこそ、過去の「死蔵ウォレット」を掘り起こす動機が生まれる構造が見て取れます。
AIによる復旧の実コストとセキュリティ上の懸念
今回の事例は技術的にも興味深い数字を残しています。CoinDeskによると、cprkrn氏が失敗に終わったブルートフォース試行に費やしたVast.ai上のGPUコストは合計で約$15に過ぎず、最終的な復旧は実質的にファイル探索作業だったとされています。Claudeはそのうち1GB超のデータをレビューしたと報じられ、対象のウォレット形式は2015年以前のBitcoin利用で一般的だったレガシー型のP2PKHでした。
一方で、リスク面の議論も広がっています。Crypto.newsは、暗号化ウォレットファイルをオンラインのAIシステムに渡すことの安全リスクを指摘しています。専門サービスとの比較も参考になります。
- KeychainX:2017年からBitcoin・Ethereumのパスワード復旧サービスを提供しています
- ReWallet:エアギャップされた高性能ハードウェア上で最適化スクリプトを実行し、ウォレットパスワードやシードフレーズの発見を支援しています
クラウド型LLMに直接ファイルを投入する手軽さと、オフライン環境を前提とした専門サービスのどちらを選ぶかは、データの機微度に応じた判断が求められます。
Q&A
Q. Claudeはパスワードそのものを推測して当てたのですか? いいえ。Claudeが見つけたのは2019年12月時点の古いバックアップウォレットファイルと、復旧ツールbtcrecoverの設定不備でした。失敗続きだった根本原因はツール側の鍵の組み合わせ方にあり、それを修正したうえで古いバックアップを対象に再実行した結果、復号に成功しています。
Q. シードフレーズさえあればウォレットは復旧できるのではないですか? 初期のBitcoinウォレットでは、HD鍵ツリー由来の鍵に加え、シードフレーズで再生成できない「非HD鍵」やインポート鍵が混在することが一般的でした。それらはウォレットファイル本体(パスワードで暗号化される)に保存されているため、シードだけでは復旧できず、今回のように元のパスワードまたはバックアップが必要になります。
出典
- Tom's Hardware — Bitcoin trader recovers $400,000 using Claude AI after losing wallet password 11 years ago — bot tried 3.5 trillion passwords before decrypting an old wallet backup
- SQ Magazine — Claude AI Helps Recover $397K in Lost Bitcoin After 10 Years
- CoinDesk — Did Claude just 'crack' a bitcoin wallet? AI tool helps find 5 BTC stuck for years