Jony Ive氏のLoveFromが初めて手がけた1台は、スポーツカーではなくSUV的な5人乗りEVでした。Ferrariが公開した新型「Luce」は、4ドア・後ろヒンジの「スーサイドドア」を備え、4基のモーターで合計1,035馬力を発生させる——Appleの元デザイン責任者が自動車という巨大プロダクトに踏み込んだ、その最初の姿が明らかになっています。バイラインに名を連ねるTim Stevens氏が実車に触れた印象を報じており、外装・内装ともに従来のFerrari像から大きく踏み出した1台に仕上がっているとされています。
LoveFrom初の「フル車両デザイン」——後ヒンジドアの5人乗りSUV
Luceの内外装は、Jony Ive氏とMarc Newson氏がLoveFrom(2019年設立)として手がけました。LoveFromが車両全体をデザインするのはこれが初めてで、Newson氏個人にとっては1999年のFord 021Cコンセプト以来2台目の車両デザイン仕事となります。Ford 021Cと同様、Luceも後ろヒンジのいわゆる「スーサイドドア」を採用しており、レッドカーペット上での所作を意識してか、ボタン操作でドアが自動的に閉まる仕掛けも備えています。乗り降りの動作そのものをデザイン要素にしている点は、Ive氏らしい細部へのこだわりと読める部分です。
ボディはSUV的なサイズと形状で、4ドア5人乗り。Ferrariで4ドアを名乗ったのは既にPurosangueが先例ですが、跳ね馬を冠した車が5人を乗せるのは今回が初めてです。2列目のヘッドルームはやや窮屈に感じられたとしつつ、それ以外はかなり快適で、後席にも前席と同じ意匠のノブ・ダイヤルを備えた操作パッドが用意されていると伝えられています。FerrariのチーフマーケティングオフィサーであるEnrico Galliera氏はこの戦略を「The possibility to enlarge our Ferrari community.(Ferrariコミュニティを広げる機会だ)」と表現しており、Luceは既存ファンへの追加というよりも、顧客層そのものを広げる一台として位置づけられているようです。
4モーター1,035馬力——「曲がる・止まる」がソフトで決まる車
性能面では、いかにもFerrariと呼べる仕様が並びます。各輪に1基ずつ、計4基のモーターを配置して合計1,035馬力を発生。外側の車輪に多く出力を振ることでコーナリングを鋭くする、いわゆるトルクベクタリングが可能になります。低グリップ路面でのスリップや、高グリップ路面でのホイールスピンも個別制御で抑え込める設計で、最高速度は193 mph(約311km/h)とされています。要するに、ハンドルを切ったときの曲がり方やアクセルを踏んだときの蹴り出し方を、機械ではなくソフトウェア側でかなり積極的に作り込んでいるEVだといえます。
足回りには四輪操舵と、電動アクチュエーターによるアクティブサスペンションを搭載。減衰力だけでなく車高も動的に変化させ、ハイウェイ巡航時には10mm車高を下げるとされています。これらを束ねるのがVehicle Control Unit(VCU)と呼ばれる中枢で、路面状態と各輪のモーター出力を5ミリ秒ごとにサンプリングし、駆動力配分とサスペンション挙動を絶えず調整する仕組みです。乗り手から見れば、コーナーで踏ん張りすぎず、直線では沈み込んで安定する——そうした表情の切り替えを、ドライバーが意識しないうちに済ませてくれる方向性の制御です。
122kWhバッテリーと、サウンド設計
バッテリーは122-kWh(gross)パックをスケートボード状に床下へ低く配置し、最大350 kWでの急速充電に対応します。航続距離は欧州WLTPサイクルで329マイル(約530km)と公表されており、より厳しい米国EPA基準ではおそらく300マイル(約480km)を下回る見込みだと報じられています。
サウンド設計についても言及があります。Hyundai Ioniq 5 Nのような完全な合成音を生成する方式ではなく、Luceはリアアクスルに一種の「アコースティック・ピックアップ」を搭載し、そこで振動をサンプリングする方式を採っていると伝えられています。ただし、出典記事はこの音響処理の説明部分で途中で途切れており、サンプリングした振動をどのように音として車内に届けるか(増幅・音色付け・再生経路等)の詳細は公表情報からは明らかになっていません。続報を待つ必要があります。
ソフトウェアはまだ未完成——「これからの仕上げ」も含めた1台
試乗したのはあくまでプリプロダクション機で、ソフトウェアはまだ大半が動作していない状態でした。タッチスクリーン右上のストップウォッチ、ドライブモード切替、シートベンチレーションはいずれも反応しなかったとされています。一方で、ペデスタル上で単独展示されていた段階よりも、実車に組み込まれた状態のほうが内装の温度感が車格になじむという印象も示されており、最初に内装単体を見たときに感じた「冷たすぎる」という印象は和らいだと伝えられています。
Apple的なミニマル思想を持つデザイン哲学が、ラグジュアリーEVという最も派手なカテゴリーでどう成立するのか——Luceはその試金石になる一台です。実走行の印象や各市場での価格はまだ見えない部分が多く、購入を本気で検討するなら、続報と公道インプレッションが出揃うのを待つのが妥当な判断でしょう。
価格55万ユーロ・2026年Q4納車——競合が後退する市場への逆張り
Luceの市場投入は、ラグジュアリーEV市場が冷え込む中での「逆張り」として注目されています。PorscheやLamborghiniといった競合が需要の弱さを背景にEV計画を縮小・延期する中で、Ferrariが初の完全電動車を世に問う構図となっています。
価格・納車スケジュール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| イタリア価格 | 550,000ユーロ(約64万ドル) |
| 納車開始 | 2026年第4四半期 |
| 既存比較 | Purosangue(約43万ドル)を上回るFerrari最高価格帯 |
| トランク容量 | 600リットル |
600リットルのトランクを備えたパッケージングは、富裕層の家族をターゲットに据えていることを物語っています。スポーツカーブランドとしての象徴性を保ちつつも、Luceは「2台目・3台目のFerrari」ではなく、家族での日常使用に耐えるサイズと積載性を主眼に据えた一台として設計されています。競合が後退する局面で最高価格モデルを送り出す判断は、需要側のセグメントをむしろ広げにいく攻めの姿勢として読み取れます。
Halbach配列モーターと2層OLED——F1由来の駆動系とSamsung協業の内装
技術面では、駆動系のレイアウトとコックピットの作り込みに、Luceならではの新規性が表れています。出力配分から空力、表示系まで、量産EVの常識を一段押し上げる構成です。
- モーター配置: F1のパワートレインでも用いられるHalbach array配置を採用し、磁束をステーター側に集中させる構造となっています
- 出力配分: リアは1基あたり416馬力、フロントは1基あたり141馬力という前後非対称のセッティングです
- 航続効率: 巡航時にはフロントモーターを切り離し、航続距離を最大化する制御を取り入れています
- 空力: 空気抵抗係数Cd 0.254はFerrari史上最低の数値とされています
インストルメントクラスターも独自路線で、Samsung Displayと協業した2層構造のOLEDを搭載しています。トップパネルに3箇所の大型カットアウトを設け、その奥にある第2のディスプレイが情報を映し出す構造は「世界初」を謳う仕様です。F1由来の駆動系と、家電メーカーとの協業によるディスプレイ——この組み合わせ自体が、Luceがどの方向に「Ferrariらしさ」を再定義しようとしているかを示しています。
Q&A
Q. 航続距離はどのくらいですか? 欧州WLTPサイクルで329マイル(約530km)とされています。米国EPA基準ではおそらく300マイル(約480km)を下回る見込みだと報じられています。
Q. Jony Iveがフルでデザインした初の車ですか? LoveFromとして車両全体をデザインしたのはLuceが初めてです。共同で手がけたMarc Newson氏個人としては、1999年のFord 021Cコンセプトに続く2台目となります。
Q. なぜFerrariはJony Ive/LoveFromを起用したのでしょうか? Ferrari CMOのEnrico Galliera氏は「Ferrariコミュニティを広げる機会だ」と語っており、既存スポーツカー層だけでなく、新たな顧客層へとブランドの輪を広げる狙いがうかがえます。Luceの外装も内装も従来のFerrariから大きく踏み出しており、ポートフォリオの拡張だけでなく顧客の多様化も狙った起用と読める内容です。
出典
- Engadget — Ferrari Luce unveiled: Here's the first car from Jony Ive's design house
- Reuters / Global Banking & Finance — Ferrari bets on generational tech shift with Luce five-seat EV