電波を切り忘れたことが致命傷になりました。 スナック菓子の袋に隠したInsta360 X4 Airで社内の制限エリアに侵入し、DRAM製造技術を撮影した疑いで、台湾Nanya Technologyの上級エンジニアが起訴されました。物理的にはカメラを袋の中に紛れ込ませて警備をすり抜けたとされる一方、カメラのBluetoothとWi-Fiの電波が社内ITセキュリティチームに検知され、身元特定につながったとTom's Hardwareは報じています。同誌はFreedom Timesの報道を引用するかたちで伝えています。
無線を常時オンにするIoTデバイスは、物理的に隠しても電波で足がつく
本件が示す普遍的な教訓はシンプルです。BluetoothやWi-Fiを常時オンにするアクションカメラのようなIoTデバイスは、菓子袋の中に隠しても、電波は袋を貫通します。制限エリアで見慣れない無線信号は「明らかに見慣れない発信源」として浮き上がりやすく、物理的な隠しと電波の遮蔽はまったく別問題です。
Insta360 X4 Airで32ファイルを盗撮か
起訴されたのは、Nanyaの先端プロセス開発部門(Advanced Process Development Division)に所属していた上級エンジニアYeh Yen-wei氏です。2022年に入社し、2025年から中国のリクルーティング会社と接触して、より高い報酬を条件に転職先を模索していたとされています。2026年2月中旬に退職届を提出し、4月中旬に正式退職するまでの間、以下の3日間、深夜または早朝に社内の制限エリアへ立ち入っていたと報じられています。
- 3月28日(週末)
- 4月4日(週末)
- 4月5日(週末)
いずれも週末で、警備チェックをすり抜けるためにアクションカメラ「Insta360 X4 Air」をスナック菓子の袋に紛れ込ませて持ち込んだと伝えられています。内部に入ると、本人の正規アカウントで仮想マシンにログインし、DRAMプロセス技術および生産手法に関する内部資料を開いてカメラで撮影しました。撮影対象となった資料は合計32ファイルにおよぶと報じられています。侵入は3日間、対象資料は32ファイルという規模感です。
Bluetooth・Wi-Fiの電波が発覚の決め手に
決定打となったのは、カメラ本体の無線機能でした。NanyaのITセキュリティチームが制限エリア内で「異常」な無線信号を検知し、Bluetoothおよび/またはWi-Fiのシグネチャからデバイスを特定した上で、入退室記録やアクセスログと突き合わせて容疑者を割り出したとされています。
360度アクションカメラは、スマートフォンとの連携やライブビュー転送のためにBluetoothとWi-Fiを常時オンにしている個体が多く、菓子袋という物理的な隠しは成立しても、電波までは覆いきれなかったかたちです。
起訴内容と量刑——最大10年の禁固刑
Nanyaは自社調査の結果を台湾当局に通報し、新北地方検察署(New Taipei District Prosecutors Office)が起訴に踏み切りました。適用されているのは以下の2つです。
| 罪状 | 根拠法 | 想定される量刑 |
|---|---|---|
| 中国での使用を目的とした営業秘密の無断複製 | 台湾営業秘密法 | 最大10年の禁固刑 |
| 背任 | 刑法 | ─ |
一方で、押収された機材の解析では、Yeh氏がNanyaの機密情報を中国企業や社外の第三者へ実際に送信した形跡は確認されていないと、Tom's Hardwareは報じています。この点が量刑判断でどう扱われるかは今後の焦点となり、比較的軽い処分にとどまる可能性もあります。
TSMC元マネージャー起訴、NVIDIA GPU密輸——止まらない台湾からの技術流出
今回のケースは単発の事件ではなく、台湾の半導体産業を狙った技術流出案件が続いていることを改めて浮き彫りにしています。Tom's Hardwareは同記事の関連リンクとして、TSMC元マネージャーが中国向けにチップ関連情報を盗んだ疑いで起訴された事例や、NVIDIA製AI GPUの中国向け密輸をめぐる台湾当局による12カ所の一斉摘発など、複数の類似案件を挙げています。先端プロセスに関する設計・製造ノウハウを持つ人材が、より高い報酬を提示する中国側に流れる構造そのものは、当面続くと見られます。
現時点の位置づけ——「起訴段階」であり有罪確定ではない
本件はあくまで起訴段階の情報であり、Yeh氏の有罪はまだ確定していません。撮影自体は容疑として認定されている一方で、機密情報が実際に中国側へ渡った証拠は現時点で確認されておらず、最終的な司法判断まで一定の時間を要すると見られます。
撮影日3日間、32ファイル、最大10年の禁固刑——数字だけを並べても本件のインパクトは十分に伝わりますが、産業スパイ関連の報道は初期報道から公判で事実関係が修正されるケースも珍しくありません。現時点では「台湾検察が起訴に踏み切った案件のひとつ」として押さえておくのが妥当で、続報を待つのが適切です。
Nanyaが進めるEUV導入と10nm級ロードマップ——狙われた技術の背景
盗撮対象となったDRAMプロセス技術の位置づけを理解するうえで、Nanya自身の投資計画が参考になります。TrendForceによれば、Nanyaは2026年8月にFab 5Aへ最大約107億米ドルを投じる長期投資計画を発表しており、10nm級1b/1c/1d/1eの各世代とEUV露光装置を段階的に導入する構想を示しています。
生産立ち上げスケジュール
- 2027年後半: ウェハ投入開始
- 2028年: 月産3万枚
- 2029年: 月産3万5900枚
- 最大計画能力: 月産約4万5000枚
さらに雲林・屏東への新12インチ工場建設も検討されており、雲林工場は第4世代10nm級(1d)以降を狙うと報じられています。EUV世代の量産ノウハウが競争軸に据えられつつあるタイミングで、先端プロセス開発部門の資料が狙われた構図が浮かび上がります。
東京エレクトロンNT$1.5億罰金——同時期の2nm漏洩判決が示す量刑水準
台湾の技術流出裁判では、量刑水準そのものが2026年に大きく動いています。2026年4月27日、台湾知財商業裁判所はTSMCの2nmプロセス技術漏洩事件で第一審判決を言い渡し、主犯である元TSMCエンジニア陳立明氏に10年の実刑を科しました。関与した東京エレクトロン(TEL)にも法人としての責任が認められ、以下の処分が下されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 罰金 | NT$150 million |
| 執行猶予 | 3年 |
| TSMCへの支払い | NT$100 million |
| 国庫への支払い | NT$50 million |
改正国家安全法の初適用となった画期的判決とされ、半導体IP窃取を国家安全保障上の脅威として扱う判例が定着しつつあります。実データ送信の立証有無が量刑にどう反映されるのか、Nanya案件の司法判断を占ううえで重要な先例となりそうです。
Q&A
Q. 実際に中国企業へDRAMの製造技術は渡ってしまったのですか? 押収機材の解析では、機密情報を中国企業や社外へ送信した証拠は確認されていないと報じられています。撮影行為自体は容疑として認定されていますが、実データの流出までは立証されていない段階です。
Q. 実データの送信が立証されていないのに、なぜ起訴に至ったのですか? 台湾営業秘密法は「中国での使用を目的とした営業秘密の無断複製」自体を処罰対象としており、実際の送信・受け渡しがなくても、無断で複製した時点で罪に問える建て付けになっているとされています。加えて、社内の正規アカウントで仮想マシンへログインして機密資料を開き、これをカメラで撮影したという行為は、雇用契約上の信任関係に反する「背任」にも該当すると判断されたと報じられています。
Q. なぜスナック菓子に隠したカメラが見つかったのですか? 物理的にはカメラを袋の中に紛れ込ませて警備チェックをすり抜けましたが、カメラのBluetoothとWi-Fi機能がオンのままだったため、NanyaのITセキュリティチームが制限エリア内の異常な無線信号として検知したとTom's Hardwareは報じています。その後、入退室記録とアクセスログを突き合わせて容疑者が特定されたとされています。
出典
- Tom's Hardware — Engineer used 360-degree cam hidden in bag of snacks in attempt to steal DRAM process tech for China — IT security team pinpointed perp due to camera's leaky wireless signals
- TrendForce — Nanya Unveils Up to US$10.7B Fab 5A Investment Plan Through 2029; Targets 10nm-Class DRAM with EUV
- Taipei Times — Offenders sentenced up to 10 years for spying on TSMC