1951年5月11日、MITの電気工学者Jay Forresterが「同時電流式磁気コアメモリ」の特許を出願してから、今週でちょうど75年が経ちました。この発明は、後にIBMから1,300万ドル(約20億円)という当時史上最大の特許和解金を引き出すことになります。デジタルコンピューターのランダムアクセス記憶装置として20年にわたり主流となった技術です。Tom's Hardwareが報じています。
真空管が壊れすぎた——MITが見出した解決策
Forresterの発明は、MITのProject Whirlwindから生まれました。Whirlwindは1940年代半ばに米海軍のフライトシミュレーター計画として始まりましたが、その後リアルタイムデジタル計算機へと方向転換しました。航空機の飛行をリアルタイムで追跡する必要があったものの、Forresterが当初使用していた静電記憶管は頻繁に故障していました。
Forresterが考案した解決策は、鉛筆の芯ほどの直径しかないフェライトの小さなリングを、銅線の格子上に配列するというものでした。交差する2本のワイヤーに同時に電流を流すことで、特定のリングを一方向に磁化すれば「1」、逆方向なら「0」を表現します。この「同時電流方式(coincident-current)」によって、少数の配線で三次元配列の数百万ビットにアドレスできるようになりました。
最初のプロトタイプは、Forresterの大学院生William Papianが1950年10月に組み立て、最初の完全なコアメモリバンクは1953年8月8日にWhirlwindへ搭載されました。
2キロビットが米国の空を守った時代
Whirlwindでの実証成功は、SAGE防空ネットワークへとつながりました。SAGEは米国内に23基、カナダに1基のコンピューター制御レーダー施設を運用し、1980年代まで現役で稼働し続けた巨大なシステムです。
冒頭の写真にある2Kbのメモリモジュールが、当時の最先端技術でした。現代のスマートフォンが数GB(ギガバイト)のRAMを搭載していることを考えると、わずか2キロビットの記憶容量が国家防衛の中枢を支えていた事実は、技術進歩のスケール感を物語っています。
史上最大1,300万ドルの和解金を生んだ特許紛争
Forresterは1951年に特許を出願したものの、認可(U.S. Patent 2736880)が下りたのは5年後の1956年2月でした。そして、その間と前後には複雑な法廷闘争が繰り広げられています。
| 関係者 | 動き |
|---|---|
| RCAのJan Rajchman | Forresterより8カ月早く類似の特許を出願 |
| HarvardのAn Wang | 別方式のコアメモリ技術を個別に特許化、1955年にIBMが50万ドル(約7,500万円)で買収 |
| IBM | Forresterの広範な特許に対し長年にわたり異議申し立て |
| MIT | 購買記録・電話料金・出張伝票・実験ノートを徹底的に追跡し、Forresterの優先権を立証 |
An Wangは特許売却で得た資金をWang Laboratoriesの拡大に充てています。
RCAは最終的にクレームを取り下げ、1964年にIBMはForresterの特許に対し1,300万ドル(約20億円)で和解しました。これは当時としては史上最大の特許支払額です。Forrester本人は150万ドル(約2億3千万円)を受け取っています。
なお、本記事における円換算は概算であり、当時の為替や物価水準を厳密に反映したものではない点にご留意ください。
計算機を離れ、システムダイナミクスの父へ
興味深いことに、Forresterは特許が認可された1956年と同年にデジタル計算機の世界を離れています。MITのSloan School of Managementに移り、そこで「システムダイナミクス」という新たな学問分野を創始しました。2016年11月16日、98歳でこの世を去っています。
磁気コアメモリが20年にわたりデジタルコンピューターのランダムアクセス記憶の主流であり続けた事実は、Forresterの発明が果たした歴史的役割の大きさを示しています。75年前の特許出願が、その後の計算機の発展に大きな足跡を残したことは間違いありません。
ホビイストの手で蘇る磁気コアメモリ——Core64と現代のDIY事例
商用利用が終わって数十年が経つ磁気コアメモリですが、近年は自作派エンジニアの間で再評価が進んでいます。DIYで作りやすい記憶方式として再び注目を集めています。
代表的なリバイバルプロジェクト
- Core64:Andy Geppert氏が磁気コアメモリにマイコンとLEDを組み合わせ、各ビットの磁化状態を可視化するインタラクティブ体験へと仕立て直したプロジェクトです。
- 512ビット自作モジュール:Han氏は512ビットのMagneticCoreMemoryControllerを設計し、24時間連続テストでエラーゼロを達成しています。
電源を失ってもデータが保持され、放射線にも強い特性が、現代のメイカーにとっての魅力につながっています。実際、初代スペースシャトル搭載コンピュータでは1986年のチャレンジャー号爆発時にも動作を続けたとされ、過酷な環境耐性が伝説的に語られてきました。
さらにTDK博物館では、かつて新宿スタジオアルタの照明調光器に使われていた直径0.36mmのフェライトコア実物が展示されており、産業用途で長く活躍した歴史にも触れられます。古典技術を「触れる教材」として蘇らせる動きが、コアメモリの第二の人生を支えています。
システムダイナミクスの父としての遺産——Beer Gameと数々の栄誉
Forresterは磁気コアメモリだけでなく、1956年以降にMIT Sloanで築き上げた「システムダイナミクス」分野でも巨大な足跡を残しています。サプライチェーン教育の定番となった演習も彼の発案によるものです。
MIT SloanでForresterが作った「冷蔵庫ゲーム」は、後に「ビアゲーム(Beer Game)」と呼ばれ、学生オリエンテーションの人気演習として今も使われています。この研究はSprague Electric社の分析から生まれており、現在「ブルウィップ効果」として知られる現象は、もともと「Forrester効果」と呼ばれていました。
主な受賞・影響は次のとおりです。
| 年 | 内容 |
|---|---|
| 1972年 | IEEE Medal of Honor |
| 1982年 | IEEE Computer Pioneer Award |
| 1983年 | System Dynamics Society 初代会長 |
| 1989年 | National Medal of Technology |
また、彼の著作『Urban Dynamics』はビデオゲーム『SimCity』にも影響を与えたとされ、計算機の発明者にとどまらない知的遺産が現代の都市シミュレーションにまで届いています。
Q&A
Q. なぜ磁気コアメモリは20年も主流であり続けたのですか? 同時電流方式により、少数の配線で三次元配列の数百万ビットを扱える拡張性の高さが大きな要因です。真空管や静電記憶管のような故障の頻発もなく、Whirlwindに始まりSAGE防空ネットワークでは1980年代まで運用が続きました。デジタルコンピューターの記憶装置の中核を長期間にわたり担い続けたのです。
Q. なぜIBMはForresterに1,300万ドルもの和解金を支払ったのですか? IBMはForresterの広範な特許に長年異議を申し立てていましたが、MITが購買記録・電話料金・出張伝票・実験ノートまで徹底的に追跡し、Forresterの優先権を立証しました。1964年に成立した1,300万ドルの和解金は、当時としては史上最大の特許支払額となりました。